鞆の弁天島に初上陸!サメと若者と百貫島伝説

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こんにちは!
本日、ブログ読者の方からドーナツをいただき嬉しいチェックです(*^^)v

鞆で生まれ育ち、早34年。
しかし、一度も行ったことのない場所がありました。
それが鞆の象徴にもなっている「弁天島(べんてんじま)」です。

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今回、鞆の浦歴史民俗資料館企画の特別展
「鞆奉行 荻野重富と百貫島(ひゃっかんじま)伝説」
弁天島見学ツアーに参加してきました!

弁天島?百貫島?
2つの島名が出てきますが、同じ島を指します。
なぜ2つの名前があるのが…詳細は追って説明していきましょう!

以前は現役だった「第二弁天」という船に乗船し、いざ、弁天島へ!!

弁天島上陸

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船が進むと水面に白波が立つ。この「航跡(こうせき)」が好きです。

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だんだんと弁天島に近づいてきました。

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そして、いざ!上陸!!

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石鳥居をくぐり、石段を登っていきます。

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ちなみに、この石鳥居。江戸時代は宮島の鳥居のように
木製の紅鳥居だったようですよ。現在のような石鳥居は戦後設けられたようです。
台風で度々倒壊し、現在の石鳥居は平成18年に作られたものです。

百度石(ひゃくどいし)

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石階段を登りきると右手にこちらの「百度石」があります。
慶応3年(1867年)に寄進されたもののようです。

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「百度石」の文字の上に四角いくぼみが見えると思いますが、
ここに百本の糸や楊枝などを置き、お参りする回数を間違えないようにしたようです。

かつては気軽な参拝場所だったってことですね。

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百度石の向こう側の景色。絶景です。
階段を登りきり、左へ進むと…

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弁天島のランドマーク、弁天祠堂(べんてんしどう)が見えます!

弁天祠堂

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間近で見ると意外と大きい。
現在の弁天祠堂(しどう)は昭和5年広島県の予算で建てられたもののようです。

外観は2層の祠堂に見えますが、実は1層。
屋根を支えるための「構造上」のスペース(小屋束など)となっているようです。

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こちらが祠堂の中の天井。
写真だと分かりにくいですが、普通に1階の天井といった感じです。
天井裏に先ほどの「構造上」のスペースがあるってことですね。

弁天島塔婆(とうば)

そして、弁天祠堂の奥にあるのがこちら!

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弁天島塔婆(べんてんしまとうば)です。
弁天島。正式名称は百貫島。その所以がこちらにあります。

この伝説、物語の詳細はこちらの漫画に譲るとして…
【復刊】出逢いの海・鞆の浦(歴史まんがシリーズ②)

簡単にご説明しますと…

さかのぼること約750年前の1271年(鎌倉時代)。
近江(今の滋賀県)の武士、藤原正道が鞆にやってきた。

仙酔島(弁天島の少し沖合にある島)に渡ろうとした時に
家宝の刀を海に落としてしまった。

鞆の人間に金を出すので海底に沈んだ刀を取ってきてくれと頼むも、
この海域にはサメが出るため誰も行こうとしない。
銭100貫文出すといっても行く者がいない。
(100貫文は現在の価値に換算すると6万~15万円くらい)

するとこの武将、鞆の人間を「ふぬけ」と罵りだした。

それは聞き捨てならぬと、ある若者が銭のためではく、
鞆の名誉のために取ってくると言い、海底深く潜っていった。

なんとか海底で刀を見つけ、戻ろうとするも、水面に上がる途中で
サメに片足を食われてしまい、刀は持ち帰るも船上で息絶えてしまった。

武士は申し訳のないことしたと、この若者を手厚く供養し、
銭100貫文で島に「十一重の塔」を建てた。

これが「百貫島」の所以。

そして、先ほどの塔婆が十一重の塔というわけですね。
しかし、現在は九重の塔となっております。

下から4段目より上が急に小さくなり不自然となっていることから、
年月とともに5段目と6段目の2つが欠損したと思われます。

文永8年(1271年)の銘が打ってあり、銘がある石塔としては県内最古。

なぜ、この百貫島が弁天島と呼ばれるかというと、
この島には弁財天をまつる弁天堂があるため、
一般的に弁天島と呼ばれるようになったようです。

これらの他にも、ここ弁天島には、

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1645年には文字が読めなくなっていたとされる、古い石碑。

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西国三十三か所めぐりの三十番札所「宝厳寺」千手観音像があります。
(本物は琵琶湖にある同じく三十番札所「宝厳寺」の千手観音像)
明治10年に静観寺の檀家が中心となり建立されたそうです。

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下は当然ながら断崖絶壁。

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弁天島から仙酔島を望む。

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弁天島からの景色も絶景ですね!

帰りは弁天島の裏をぐるりと回り、渡船場へ。

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船で行かないと見ることのできない、弁天島の裏側です。

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そしてこちらはオマケ。
写真だと少し分かりづらいですが、大きなお寺(円福寺)の
左に見える白い家が、崖の上ポニョに出てくる(モデルとなった)家です。

このようにかなり濃い歴史がつまった弁天島。
歴史の「現場」に行くと理解度やおもしろさが倍増しますね!

次回、いつ企画されるか分かりませんが、
機会があれば是非、弁天島に渡ってみてくださいね!

以上、チェックでした!

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広島カープ

「来季の打撃コーチは石井琢朗」

新井コーチが退任になってショック&不安要素たっぷりじゃったけど、
来季の打撃コーチは石井琢朗になるらしい。

2年前の1塁コーチん時はえかったけど、
今年の3塁コーチはやりずらそうな(?)イメージ。

打撃コーチとして勝負強い打線にしてほしいね!

ほいじゃあ、また!

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チェック社長(小川真平)

代表取締役株式会社サンモルト
1981年、広島県福山市鞆町生まれ。地元を中心にプロパンガスの販売、住宅リフォーム、ペレットストーブの販売を行う傍ら、地元を元気にする活動を展開中。毎月第4日曜日に鞆町の沼名前神社で開催しているとも・潮待ち軽トラ市(鞆の採れたて朝市)。「火育マイスター」として、火を通じて子ども達のココロと生きる力を育む火育活動。住宅リフォーム大学の講師。鞆町の空き家再生プロジェクト。福山南部の未来を創る会所属。これらの活動を通じて地域から日本を元気にする。

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