終戦の御詔勅の解説~ここから日本の本当の歴史が分かる~

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こんにちは!チェックです(*^^)v

さて、8月15日のブログで終戦の御詔勅の現代語訳を記載し、
その解説すると言いながら、少し時間が経ってしまいました。

今日はポイントで抜粋し、その解説をしていきましょう。
あくまで個人見解ですので、あしからず。

まずはおさらいの意味を込めて、終戦の御詔勅の現代語訳を
読まれていない方はこちらから。

終戦の御詔勅~現代語訳~

大東亜戦争とは?

個人的に重要になってくるのは下記の部分かなと思います。2か所抜粋。

「先に、アメリカ・イギリスの二国に宣戦を布告したのも、
 日本の自立と東アジアの安定を願ってのものであって、
 他国の主権を侵害したり、領土を侵犯したりするようなことは、
 もちろん私の意志ではありません。」

「私は日本とともにずっと東アジアの植民地解放に協力をしてくれた
 友好諸国に対して、遺憾の意を表さざるを得ません。」

東アジアの植民地解放?友好諸国?どういうこと?
「なんか、思ってたんと違う…」
…と思われた方もいるのではないでしょうか?

いわゆる「太平洋戦争」と呼ばれる昭和16年(1941年)12月8日に
始まった先の大戦、戦前は「大東亜戦争」と呼ばれてました。

これは当時閣議決定された正式名称です。

これが戦後、連合国軍最高司令官総司令部、いわゆるGHQによって
(ボディーブローのように今もその影響下にあるわけですが…)
「大東亜戦争」の使用が禁じられ、代わりに「太平洋戦争」という
名を使うよう規制されました。

戦後、GHQにより報道や教育を通じて米国の都合の良い歴史観を
日本人に植え付けたわけですが、この「大東亜戦争」という
文言が後世に伝わることがマズかったんじゃないでしょうか?

この「大東亜戦争」という名称には米国および西欧列強から
アジアの植民地を開放するという意味が含まれていました。

事の発端は大航海時代

さかのぼること15世紀のなかば「大航海時代」…といえば聞こえは
いいですけど、実際には「大侵略時代」ですね。

スペインやポルトガルが競うようにアフリカ大陸、アメリカ大陸へ侵略。
それに端を発し、その後オランダ、フランス、イギリスが台頭。
アジア圏は日本とタイを除いて米国と西欧列強の植民地になっていきます。

ペリー来航(1858年)あたりから日本もこういった影響を受けはじめ、
明治維新によって近代化、富国強兵、日清・日露戦争を勝ち抜き、
白人による植民地支配から一筋の光を見い出していきます。

そして、話は大東亜戦争に戻るのですが、昭和18年(1943年)11月5日。
史上初の有色人種のみのアジアサミット、大東亜会議が開催されます。

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参加国は日本、中華民国、タイ国、ビルマ国(現ミャンマー)、満州帝国、
フィリピン、自由インド仮政府(現インド)の8か国が参加し、
(ただし、自由インド仮政府はオブザーバーとして参加)
大東亜戦争の目的である、自存自衛、植民地解放、大東亜共栄圏を強調した
「大東亜宣言」が採択されます。

その後、日本は終戦を迎えるわけですが、
戦後アジア諸国は次々と独立していくわけです。

この独立には日本も深くかかわっているのですが、今日は割愛します。

ここで冒頭の「終戦の御詔勅」を今一度掲載してみましょう。

「先に、アメリカ・イギリスの二国に宣戦を布告したのも、
 日本の自立と東アジアの安定を願ってのものであって、
 他国の主権を侵害したり、領土を侵犯したりするようなことは、
 もちろん私の意志ではありません。」

「私は日本とともにずっと東アジアの植民地解放に協力をしてくれた
 友好諸国に対して、遺憾の意を表さざるを得ません。」

いかがでしょうか?
終戦の御詔勅に込められた本来の歴史が垣間見えるのではないでしょうか?

「日本も朝鮮を統治したのでは?(日韓併合)」となるかもしれませんが、
米国・西欧諸国のように搾取するのではなく、日本という国の延長として、
また、自立できるようにと経済、教育、インフラなどを整えて
いったのであって、いわゆる「植民地」や「侵略」とは一線を画します。

結果、日本の統治前(1910年)約1300万人だった人口が、
1942年には約2500万人と倍になってるわけです。
これがすべてを物語ってますよね。搾取、侵略で人口は増えません。

さて、ここまで一方的に書いてきました。
「客観的な側面」ということで東アジアの指導者たちが
どのような想いでいたかを部分的に抜粋して、解説を終わりますね。

アジア諸国の指導者たちの言葉

ククリット・プラモード元首相(タイ)

日本のおかげで、アジア諸国はすべて独立した。
日本というお母さんは、難産して母体をそこなったが、生まれた子ども達は
すくすくと育っている。今日、東南アジア諸国民が、アメリカやイギリスと
対等に話ができるのは、いったい誰のおかげであるか。それは
「身を殺して仁をなした」日本というお母さんがあったためである。

マハティール・ビン・モハメド第4代首相(マレーシア)

アジア人の日本人が、とうてい打ち負かすことのできないと私たちが思っていた
英国の植民地支配者を打ちのめした。私の心の中にアジア人としての自信が
次第に芽生えてきた。マレー人だって日本人のように決心すれば、
自分の意志でなんでもできるはずだと。

ゴー・チョクトン第2代首相(シンガポール)

日本軍の緒戦の勝利により、欧米のアジア支配は粉砕され、
アジア人は自分たちも欧米人に負けないという自信を持った。
日本の敗戦後15年以内に、アジアの植民地はすべて開放された。

スカルノ初代大統領(インドネシア)

インドネシアと日本は一心同体である。日本軍の援助がなければ、
永久にインドネシアは独立できない。

ラダクリシュナン第2代大統領(インド)

インドでは当時、イギリスの不沈艦を沈めるということは想像もできなかった。
それを我々と同じ東洋人である日本がみごとに撃沈した。
驚きもしたが、この快挙によって東洋人でもやれるという気持ちが起きたのだ。

長文にも関わらずお付き合いいただき、ありがとうございました。

以上、チェックでした!

広島カープ

8月17日(日)の試合結果
広島 5-4 巨人

昨日の先発は福井。全体的にボールが高かったか?
2回にツーアウトから5連打を浴び3失点。2回を投げ終え途中降板。
うーん、どうしたんじゃろうか?次に期待!

継投の戸田が3回を投げて1失点、中田が2回、横山が1回を
無失点に抑え、中継ぎ陣が踏ん張ってくれました!

そして、なんといっても8回裏の攻撃でしょう!
1アウトからキラがヒットで出塁すると、ちょっと変なタイミングで
代走に赤松が起用される。しかし、いきなり牽制で挟まれタッチアウト。

いや~な流れの中、梵がヒットで出塁し、田中は死球で出塁。
2アウトから1塁、2塁とチャンスを広げると會澤がタイムリーを
放ち1点返すと、代打小窪も続き同点に!
そして、おいしいところを持っていったのが誕生日だったプリンス堂林。
難しい球をセンターに運ぶ逆転タイムリーヒット!

最終回はミコライオが抑え、鮮やか逆転勝利!
昨日の勝利に続き、今日の勝利もめちゃくちゃでかいね!
これで首位巨人と3ゲーム差。

明日からは横浜、そして阪神と6連戦。
こうなったら、1戦1戦カープらしい野球をして勝っていくだけじゃね!

明日も勝つで!

ほいじゃあ、また!

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チェック社長(小川真平)

代表取締役株式会社サンモルト
1981年、広島県福山市鞆町生まれ。地元を中心にプロパンガスの販売、住宅リフォーム、ペレットストーブの販売を行う傍ら、地元を元気にする活動を展開中。毎月第4日曜日に鞆町の沼名前神社で開催しているとも・潮待ち軽トラ市(鞆の採れたて朝市)。「火育マイスター」として、火を通じて子ども達のココロと生きる力を育む火育活動。住宅リフォーム大学の講師。鞆町の空き家再生プロジェクト。福山南部の未来を創る会所属。これらの活動を通じて地域から日本を元気にする。

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