チェック社長こと小川真平という人間(その2)

こんにちは!チェックです。

意外と好評なこのシリーズ。
…っても、まだ(その1)だけですが(笑)

「へぇ~、そうなんじゃ!」

と思われるそうで。

あ、それとこうやってまとめていくと、
自分の生い立ちが良くわかり、
今の自分がどう形成されてきたかが
分かる気がします。まだ途中じゃけど。

ということで、今日は(その1)
続きをお話していきますね♪

IMG_0123

あ、この写真は七五三の時。

怪我が多かった小学生時代

小学生時代にフォーカスして話をすすめます。

そうそう、このタイトル通り、
小学生の頃、怪我が多かった。

小学生の6年間だけで3回縫ってる。

1回目は小学2年生、自転車で転んで。
2回目は小学4年生、夏休みに母方のじーちゃん家で
逆立ちの練習中にガラスに突っ込んで。
3回目は小学5年生、遠足先の岩場で転んで。

全部右足。
親に心配かけた(たぶん)と思います。

実は僕、蹴るの左利き(手は右利き)。
軸足だから?関係あるんじゃろうか?

飛び出してバイクにはねられたこともあったな(笑)
決してヤンチャ坊主なわけではなかったのですが…。

ただ、体は丈夫で小学生にありがちな
「冬の時期に誰が一番最後まで半袖でいるか」
と負けん気を出したり(笑)
おそらく、小学生の時一度も学校を休んだことが
なかったと記憶してます。
丈夫な体に生んでくれた両親に感謝。

学校では学級委員長を2回経験しましたが、
リーダータイプだったわけじゃなく、
なんとなく、といった感じです。

学校以外では、3泊4日の集団生活(スキーやキャンプ)
を体験させてもらえて、これも貴重な経験じゃったね。

そして、よく卒業の時に書く将来の夢。

僕はこれがまったく書けなかった。
だって、なりたいモノがなかったけぇ。

おそらく提出したのは僕が一番最後。

…え?何て書いたか?

「父親の後を継ぐ」と書いてありました(笑)

当の本人、そんな気があったかどうか今となっては
定かではありませんが、両親からは後を継ぐことは
考えなくていい、と言われてました…。

青春ソングは光GENJIのパラダイス銀河(小学2年)

平凡な中学時代

中学校に入ると父親の影響(野球が好き)で
野球部に入る事になります。

正直、野球が好きだったわけでもなく
もちろん下手だったので、練習も嫌い、
下手だから試合に出るのも嫌。

ある意味、素直な子だったのでしょう(笑)
そんな感じでも結局3年間続けます。

相変わらず勉強も嫌いで、
唯一好きだったのが美術と音楽でした。

テストは暗記がモノをいう社会や理科が
まぁ、まだマシなほうじゃったかな。

興味がないとやる気も起きないし、上達もしない。

将来の夢、なりたい職業もなかったですね。

青春ソングはtrfのBOY MEETS GIRL(中学2年)

まったく勉強しなかった高校時代

高校時代は野球しかしてませんでした(笑)

ここでも息子に野球をさせたいという
父親の意向が強く働いた。
いや、ほんま素直じゃたんじゃね(笑)

でも、厳しい運動部・チームでの集団生活は
社会人になっても必ず生きてくるし、
父親はこういった経験をさせたかったんかもしれん。

しかし、相変わらず野球は下手だったし、
何度か辞めようかと思ったけど、これが不思議と
3年間(正式には夏までの2年半)続いた。

でも、この時の忍耐力は今でも確実に生きてると思う。

勉強はほとんどしなかった。
授業も半分くらいは寝てた気がする。

3年の夏が終わり、勉強を始めるも時すでに遅し!
1年間の浪人を余儀なくされたのでした…。

青春ソングはGLAYのSOUL LOVE(高校3年)

あ、そうそう。野球部だったので高校は坊主でした。

…え?見てみたい?

続きはまだ次回!(笑)

チェック社長こと小川真平という人間(その2)

以上、チェックでした。

共に地元を元気にしよう!

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チェック社長

代表取締役株式会社サンモルト
1981年、広島県福山市鞆町生まれ。地元を中心にプロパンガスの販売、住宅リフォーム、ペレットストーブの販売を行う傍ら、地元を元気にする活動を展開中。毎月第4日曜日に鞆町の沼名前神社で開催しているとも・潮待ち軽トラ市(鞆の採れたて朝市)。「火育マイスター」として、火を通じて子ども達のココロと生きる力を育む火育活動。住宅リフォーム大学の講師。鞆町の空き家再生プロジェクト。福山南部の未来を創る会所属。これらの活動を通じて地域から日本を元気にする。

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